授乳服誕生物語(ダイジェスト)

 1997年に、私は次女を出産しました。助産院での水中出産です。
 長女のときには、妊娠中毒症で入院し、NICUに入り、その結果なかなかス
ムーズにいかなかった母乳というものを、今回は楽しんでみたい。
そう思って楽しみにしていたのですが、現実は厳しく、最初1ヶ月は母乳が足り
ない日々が続きました。
 でも、助産師さんの助言を受けつつ続ければ、なんとかなるものです。ようや
く順調なおっぱいライフが始まった、次女・生後1ヶ月頃のこと、私は、長女と
次女、二人の子を連れて、自宅のつくば市から、東京は立川まで、友人を訪ねて
出かけることにしました。
 当時のつくばは、まだつくばエクスプレスが開通前の、陸の孤島。都内までは、
高速バスで行くしかありません。バスからJR中央線を乗り継ぎ、吉祥寺を少し
過ぎたあたりで、その事件は起こりました。
 次女が泣き出してしまったのです。
 抱いてあやしてみても、暑いのかも、と服を脱がせてみても、長女が声をかけ
ても、何をしても泣き止みません。
 閉じられた電車内という空間では、泣き声は大きく響いて、視線が集中します。
パニックになってしまった私は、電車から降りるということすら、思いつきませ
ん。とうとう、ブラウスの前ボタンを外して、車内授乳に踏み切ったのです。
 
 もちろん車内の人たちは、皆、私が何をしているかに気がついたと思います。
 そのときの戸惑い、恥ずかしさ、大きな違和感…。
 
 私は、幸いなことに「おっぱいって楽よ」と、産院で教えられてきました。
 それなのに、こんな思いをしないとれでは、母乳は私の行動を制限してしまう。
 母乳で育てたいからと、外出をがまんする人もいるだろうし、
もしかすると、そのために母乳をやめなくちゃ、と考えてしまう人もいるかもし
れない。 
 
 このときの体験がきっかけで、私は授乳服を作りはじめました。
 これを何かで解決できないか?と考えたのが、授乳服です。
 
 初めて私が授乳服を着たときの気持ちは、想像を超えるものでした。
着て、使ってみて「あ、なるほど、便利ね」ではありません。
着た瞬間に「ああ、私はこの子を連れて、どこでも行ける、何でもできる!」と
いう開放感と自信。

 そして気がついたのは、
「この開放感の分だけ、今まで気がつかないまま我慢してたんだ」ということ。
 
 当時は、今以上に、母親たちは子どもが生まれると家に閉じこもりがちな時代
でした。子どもを産んでから1年、気が付いたら夫以外の大人と話をしていない、
という人も珍しくありませんでした(もちろん、今もそうした人は少なくないは
ずです)。
 授乳服を着ることで、当時、今よりずっと家に閉じこもっていた母親たちが、
外に出られるようになれる。産後のライフスタイルを変えることができる。そう
した気持ちから、私はモーハウスの活動を始めたのです。

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