おっぱいとフェミニズム

ここのところ、被災地の支援活動やシンポジウムなどで、女性問題の専門の方々とお会いする機会が多くありました。 さまざまなお話を伺うのが、とても刺激的だったのですが、 その会話の中で、女性問題を語る時、「母性」という言葉を使うことの難しさもあるということを伺いました。   日本でも古くは平塚らいてうが母性を重視し、国家による保護を主張。 これに対して、与謝野晶子が反発、論争が巻き起こったそうです。 そんな流れの中、母乳は母性の象徴であり、母を家や子育てに縛り付けるもの、という否定的な捉えられ方もされた向きもあったようです。 どちらも女性を大切に思う気持ちを持ちながら、答の出ない議論だったのだろうと思います。   しかし、数日前、あるジェンダー専門家の方と、モーハウスの活動をお話しする中で、 「これは、ネオ(新しい)フェミニズムかも!」ということを言っていただきました。 母乳を飲ませながらも、胸が見えないから、社会に出ていくことができるし、社会的な活動も続けることができる。 つまり、母乳が女性を縛る要素にならないから、というのです。   確かに、これは私たちにとって当たり前にやってきたことなのですが、確かに、女性問題の中で、母であることのポジショニングを考えると、新しいあり方と言えるのかもしれません。 私自身は、女性問題に関して、シンポジウムなどでご一緒することはあっても 自分でしっかり勉強したことがあるわけでもありません。 でも彼女が言ってくれたことの意味は、授乳服を作り続けてきた大きな理由です。 授乳服そのものに、こんな意味を見出してくださったのは、とてもとても嬉しいことでした。    

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